あなたなら、どうする?

やしゃごの朝子です。

 

船上研修生活が始まって3日目。今日は防災コース2回目の授業でした。

 

まずは、防災活動を行うにあたって、どんなセクターが主体となるのかについて、ミニレクチャー。なかでも、市民社会組織(CSO)、企業、行政という三つのセクターについて中心的に見ていきました。

 

実はこの三つのセクターは異なるようでいて、大きな共通点があります。それは、三者にとっての利害関係者(ステークホルダー)。CSOにとっての寄付者・被支援者、企業にとっての株主・顧客、行政にとっての納税者・投票者・・・いかがでしょう。一人の人間が、すべて同時に該当する場合もあるわけですね。しかも、それは決して特殊な人間ではなく、一般的な市民であれば、誰でもなのです。つまり、私たち一人ひとりが、防災課題に対して様々なアプローチを選択することができるし、影響力を持ちうるということでもあります。

 

途中、「学術機関はどうなんですか?」との参加者からの質問が。もちろん、大学などの研究機関の役割も重要ですね。これについては、のちにインドで大学の研究機関を訪問して詳しく見てきます。

 

後半は、東日本大震災を題材としたディスカッション。チームごとに、以下のお題について話し合い、意見をまとめてもらいました。揺れる船内なので、床にぺったり座っての作業です(笑)。

 

一つ目の質問。「災害後における被災者のニーズと、それに対する支援者の想いが食い違わないようにするにはどうする?」

 

 

青年たちからは、「まず、何が本当に必要とされているのかニーズを調査して的確に把握する」「それから、支援計画を立てて、適切な資源を調達する」「実際に支援を実施してからも、それがちゃんと役に立っているか、その時点でニーズに変更がないかどうかなど、現場の状態を確認して、さらなる支援に反映させるよう、サイクル化する」などの意見がでました。

 

二つ目の質問は、「CSOが企業からの支援や資金提供を受けるにあたって、パートナーとして選ばれるには何がポイント?」。

 

「企業には、もっとCSOについて理解を深めてもらう」「CSOの側も、企業活動の目的とか、企業にとってのメリットっていうものを知ることも大事じゃないかな。企業にとっては、自社の社会的なイメージが向上するかどうかが、ポイントになるんだろうし」「その上で、お互いにとって協働する意味をクリアにする必要があるね」などと意見がでました。

そして、三つめの質問は、「例えば原発事故直後の福島のような場所で支援活動を行おうとするとき、その任務が危険を伴うものだったら、支援団体の責任者としてどうする?」。

 

「まず、現場の情報をできるだけ収集し、支援活動を行う上で何に気を付けるべきか検討する」「平時から対応を協議しておく」「支援に入るのに適した人材を確保する」「必ずしも危険地帯に行かなくても、遠距離からできる支援活動もあるはず」などの意見がでました。

 

特に三つめの質問は、実は、私自身がNGOの立場で福島支援を実施するうえで直面してきたジレンマがもとになっています。

 

事故からしばらくたっても、放射能汚染の影響に関する情報が不足したり錯綜したりするなかで、何が本当に安全なのかという判断は困難を極めていました。支援業界の人々の間では「それでも助けに行くべき!」という声もあれば、「支援者の二次被害を出すのは無責任!」という声も。

 

そんななか、「自己責任のもと、自発的に支援に行く人たちを止めることはできないが、せめて現時点での安全ガイドラインを策定して提示したらよいのでは」という話になったのです。

 

これは、一見良い案に思われました。が、「現時点でのガイドラインの根拠となる情報は、果たして本当に出尽くしているのか?」と考えたとき、その時点で発表されている危険・安全情報がどこまで信頼できるものなのか、まったく確信が持てなかったのです。

 

福島での事故がきっかけで、チェルノブイリのケースについて勉強を重ねるにつれ、そこには、参考になる教訓がたくさんあることがわかりました。もし、平時からこれらの教訓を取り入れた備えがあったなら・・・。そんな悔しい思いを感じることが度々でした。

 

原発事故にかぎらず、化学物質による汚染事故は今後も起こることでしょう。従来型の自然災害については、ある程度の対応策の蓄積が機能するかもしれません。しかし、これから増えるであろう「人間が作り出す災害」に関しては、より一層の専門知識が必要となってきます。これらについても平時からの備えがあれば、仮に災害が起こってしまったとしても、より的確に対処できます。東日本で原発事故を経験したからこそ、人災を含めた災害に対する備えの重要性を痛感したのです。

 

このディスカッションを通して、それを青年たちに理解してもらうこと。あの悔しさを未来の世代を守るギフトに変えるのが、今回の私のミッションの一つだと信じています。