全てを受け入れてくださるのが神様

やしゃごの朝子です。

 

仙台やしゃご屋のアドバイザーは、本職の宮司さんです。「願いの宮」という神社で、日々多くの参拝者の方々の悩みに耳を傾け、神様にお取次ぎされています。

 

初めてお会いした際「志のある活動には、宗教・宗派問わずご協力しますよ!」と応援してくださり、それ以来やしゃご屋の活動についても気さくに相談にのってくださる、お優しくて頼もしい存在です。

 

さて、そんな日頃のご恩に感謝して、先日はやしゃご屋得意の「コーチング」でご奉仕。宮司の桃山きよ志さんと、じっくり対話させていただき、その想いをまとめた「願いの宮紹介パンフレット」を作成させていただきました♪

お話しをしていて印象的だったのが、「神様ってどんな存在?」という問いへの答え。桃山さんは「全てを受け入れてくださるのが神様」とおっしゃいます。

 

つまり、あるがままに、条件をつけずに受け入れてくださる、 あたたかい存在。誰でも幸せになることを望む存在ですね。

 

でも一方で現実の世の中を見たとき、様々な形があって良い、人それぞれが幸せになって良い、という「多様性」について、まだまだ寛容とは言えない状況があります。では、この不寛容を生んでいる背景には何があるのでしょう?

 

 

私たちは誰もが様々な情報を見聞きし、選びながら、自分の世界観をつくり上げて生きています。しかし、情報収集が 飛躍的に便利になった世の中では、かえって様々な情報に振り回されやすいのが悩ましいところです。 

 

選択の判断基準に自信がなくなると、人は拠り所として宗教や 思想、世間の目、そして自分自身が作り上げた思い込みに縛られやすくなります。そして、それに合致しない人や 物事を受け入れられなくなっていきます。

 

すると次第に攻撃的になり、その攻撃性が内側に向けられれば自分自身を尊重できずに生きづらさに悩むことになり、外に向けられれば他者の在り方を尊重できずに争いを生んでしまうんですね。

 

でも本来、世の中、つまり人間を含む自然界は、多様性に富んでいて、だからこそ美しく在れるもの。

 

だからこそ、ひとりひとりが己の心の束縛を解き、「私も幸せになって良い。あなたも幸せになって良い」と認め合える、 お互いが寛容で笑顔になれる世界を作っていきたいとおっしゃいます。

 

 

この世界観、仙台四郎の存在をあるがままに受けとめていた街の在り方に、似ていると思いませんか?

 

願いの宮は、誰もが神様へ純粋に向き合える場です。同時に、人と人が、宗教の垣根を越えて誰でも緩やかにつながることのできるコミュニティとしての側面もあります。

 

 

実際、宮には対話を求めて様々な人が集まります。私も初めて大阪にある願の宮を訪れて以来、桃山さんとの対話だけでなく、そこに集う方々とお付き合いさせていただくなかで、沢山のインスピレーションをいただいてきました。

 

異なる価値観を持つ人との出会いは、 お互いの視野を広げ、人生に新たな選択肢をもたらしますよね。これまでの人生を振り返ってみると、私自身、国内外問わず多くの人々と出会い、多様な価値観に触れてきました。多様性の中の一つの個性として自分を受け入れることができるようになったと同時に、周囲の人々の多様な在り方が人生の選択肢を増やす上で大変参考になったと実感しています。

 

大阪にお出掛けの際には、ぜひお気軽に「願いの宮」を訪れてみてくださいね。