外国人と共に生きる街をつくる

やしゃごの朝子です。

先日、東京都新宿区多文化共生連絡会の会合へ行ってきました。


新宿区では住民の一割が外国人、大久保地区ではなんと四割ともいいます。そんな新宿区で、地域住民と外国人がいかに共生していけるのか?というのがこちらでの大きな課題です。

 

私が子供の頃、外国といえばアメリカやイギリスのイメージが強かったものでしたが、平成29年の新宿区の外国人人口構成比は、中国人36.6%、韓国·朝鮮人24.7%、そして、ベトナム、ネパール、ミャンマー、と続きます。アメリカ人は6番目2.4%、イギリス人は10番目0.9%です。

その中には、留学生のように期間限定の滞在者もいれば、永住している人もいるし、難民として渡ってきた人も。

 

そこでは例えばこんな課題があるそうです。

  • 高齢の外国人住民。介護施設で職員と言葉が通じなかったり、周囲から孤立してしまう。在宅でも、家の電球を交換したいので手伝って、といった些細な日常生活のニーズに、どう応えるか。
  • 小さな子供のいる外国人の母親。子供が学校から持ち帰るお知らせプリント類が読めない。日本語を学びたいけれど、託児サービス付の語学学習の場がない。
  • 留学生。日本語は学んでも、日本人コミュニティとの接点を持つきっかけが掴めないまま帰国してしまう。
  • 消防署。外国人住民にも防災訓練を受けてほしいが、多言語に対応しきれない。

 

近くにいながらどこか遠い隣人達の、そんな課題の数々ですが、それに取り組む企業や団体の方々のお話をうかがっていると『人と人が顔を合わせて地道に繋がっていくこと』から解決の扉が開いていくと感じられました。

 

私自身、かつて香港に移住して永住権を取得しています。外国人でありながら、不安もなく暮らしていられたのは、現地の人々のコミュニティに深く受け入れてもらっていたから。外国人向けの行政サービスを受けたことはありませんが、そんなサービスを探さなくても、街の人々が常にさり気なく、いつでもどこでも、どんな場面でもとても自然に助けてくれた毎日だったのです。それは時に、こちらが助けられていると気がつかないほど自然に。

 

外国人住民も、通りすがりのお客様ではなく、同じ隣人。そんな意識が醸成されることがとても大切だと思うのです。

そしてそれは、仙台四郎が大切にされていた、当時の仙台の街とも通じるものがきっとあるはずですね。