親族からのご挨拶

ふらっと訪れた四郎への、優しいまなざしに「ありがとう」

日々、ニコニコと街を徘徊していた四郎。道を歩けば、沿道のお宅にお呼ばれし、おやつやお食事を御馳走になる日々を送っていたと言われています。

 

知的障がい者であったとされる四郎が、その存命中から仙台の人々に愛され、行く先々で大切にもてなしていただいていたということ。そして今でもなお、土地の方々から大切にされ、その存在が皆様の暮らしの中で生き続けていることに対し、親族の立場として感謝の念にたえません。四郎のことを福の神としてお祀りくださっている皆様に、この場をお借りして心より厚く御礼申し上げます。

 

そんな四郎を今日まで大切に育み、ストーリーを継承してくださってきた皆様へ、親族の立場としてどんな恩返しができるだろう。そんな想いを出発点に、まずはこのホームページを立ち上げました。

東日本大震災直後から携わってきた、復興支援の仕事

2011年3月11日に発生した、東日本大震災。

 

当時の私は起業準備をしていたところでしたが、東北の緊急支援と、続く復興のお手伝いをしたいという気持ちから、急きょ計画を変更。すぐにNGO業界に転職し、以来、震災復興支援業務に約3年間携わってきました。とはいえ、東北が今でも抱え続けるおびただしい課題の数々に、はたして自分はどれだけの貢献ができたのか。己の限界に悶々とした思いをずっと抱き続けています。

そうだ、四郎さんだ!

そんなとき、ふと閃きが降りてきたのです。

【仙台四郎】が、復興支援のアイコンとして活躍できる余地があるのではないだろうか。

そして、親族である自分にとって、それは四郎を愛してくださる東北の地への恩返しになるのではないだろうか。

 

とはいえ、仙台四郎を大切に信仰してくださる地元の方々が大勢いらっしゃる以上、親族だからと四郎を安易に担ぎ出すことは、各方面の皆様に対して配慮を著しく欠くことにもなりかねず、そこには躊躇もあります。


でも、四郎に優しい眼差しを向け続けてくださる皆様であればこそ、ご理解くださるのではないだろうか・・・。 

誠に勝手な解釈ではございますが、そのように信じて、まずはこのホームページを手始めに、活動を起こしていきたいと考えております。

 

復興支援の糸口を探しに、これから四郎とともに歩んでいきますので、どうぞ温かい目でお見守りいただけますよう、よろしくお願い申し上げます。


 

2014年10月吉日

 

仙台やしゃご屋

芳賀朝子


※四郎の長兄・太郎(芳賀十右衛門)の玄孫(やしゃご)にあたります。