仙台四郎が立ち寄るお店は繁盛した、と言われています。
知的障がいを持っていた四郎は、常にニコニコと街を徘徊していました。
そんな四郎が屈託のない純真な笑顔で、ふらっと店先にあらわれた時、あなたが店主ならどうしますか?
四郎を温かく迎え入れたお店は、結果的に繁盛しました。
四郎を邪険にしたお店は、結果的に倒産していきました。
そんな現象が重なって、「四郎は商売繁盛の福の神では?」という噂が広まり、街中の人気者になっていきました。
ちなみに、欲目から四郎の袖をひっぱって引き込もうとしたお店には、なぜか四郎は興味を示さなかったそうです。
そういうお店も、やはり倒産していった、と言われています。
これは何を意味するのでしょうか。
四郎が福の神だった、という解釈も成り立つかもしれません。
しかし、単に四郎を拝めば儲かるのか、というと、そういうわけではないと思うのです。
四郎という存在に、やさしい眼差しを向けることのできるお店。
それはつまり、心の余裕、心の豊かさを持ったお店です。
だからこそ、ふらりと立ち寄った四郎の存在をありのまま受け入れ、優しい一言をかけることができたのでしょう。
そんなお店は、どんなお客様に対しても、同じように敬意をもって接したことでしょう。
つまり、笑顔の四郎に笑顔で応えた、そんなステキなお店の皆様一人一人が「福の神」の心をお持ちだった。
笑顔で歩き回る四郎は、人々の優しさと共振する音叉のような存在だった、と考えられます。
仙台四郎が祀られている三滝山不動院では、このように言われています。
明治時代実在の人物 福の神 仙台四郎
時は明治、「笑う門には福来る」・・・・・・そんな諺通りに笑顔をたやさず商売繁盛を招く一人の男がいた。
その名も「仙台四郎」。(中略) ”四郎バカ”と呼ばれてはいたが、当時の人々は、四郎の純粋な心と笑顔を愛し、大切にもてなしたと言われています。
四郎を慕って集まる子供たちは丈夫に育ち、彼の立ち寄った店は千客万来であった
・・・そのような言いつたえから、仙台の旧家や老舗等には”福の神 仙台四郎”の写真が飾られてあります。
もちろん四郎の写真にただ手を合わせるだけでは成就はなしえません。
笑顔と感謝を忘れず、努力を積み重ねることが商売繁盛、家内安全、学業や無病等の開運招福といわれております。
導きを願う祈りを毎日実行してみようではありませんか。
① 仙台四郎の笑顔を思いださせるものをご用意ください。
写真や絵など、なんでも結構です。
四郎の写真やイラストを携帯の待ち受けにしてもいいでしょう。
あなたに合ったスタイルで、目にとまる身近なところにおいてください。
② 四郎の笑顔が目に留まるたび、あなたも四郎と一緒に笑顔になってください。